「楽しむ」は不謹慎?「申し訳ない」は必要?

2014年2月21日

オリンピックを「楽しむ」のは不謹慎なのか?
メダルが取れなければ「申し訳ない」のか?

次々号コーチング・クリニック「メディア・トレーニング教室」では、ソチ五輪の様々なインタビューについて特集するので鋭意執筆中です。入稿して編集作業があって、製本されて発売なので、ブログのような速報性はないのですが、時間があるぶん、じっくり分析・考察したいと思います。

スポーツの魅力には、瞬間的に上下に激しく揺れ動く結果にまつわる感情と、緩やかに長く続く、経験や教訓というアスリートの体験からくる情報の2種類があると考えています。「縦と横」「点と線」「短と長」のような相反する2つの要素。それを、応援する側もされる側も理解する必要があります。

結果が出る前から「結果は関係ない」と期待しないのもおかしいし、結果だけで判断するももったいない。その瞬間、望む結果がでなくても、長い時間をかけて、その経験を世の中や後進に伝え役立ててもらうことで恩返しすることができる、応援する側もされる側も、その一瞬で判断せず、2つの軸で捉えればスッキリします。

金メダルが取れなくて申し訳ない。旅費(税金)を自分で払いたい。

いたたまれない気持ちになったこのインタビューも、結果という「点」に固執する内外からの圧力から来たのではないでしょうか。外というのは、世間。内には、指導者や競技団体、自分も含まれます。

そして、伝えるチャンスは試合後のインタビューだけではないということ。ブログなど自分のタイミングで発信できるテクノロジーも発達しているし、帰国後も様々なメディア取材があります。勝った喜びだけを社会に還元していても、なかなかそれは我々の人生に生かしづらいものです。なぜなら、私の経験上、人生は負けや失敗のほうが多いから。前日の失敗をどう乗り越え、最高のパフォーマンスを披露したのか、浅田真央選手の経験を日々の生活で取り入れてみたいと思いませんか?私はメダルより、そちらの経験に価値を感じます。

というようなことを、連載でまとめようと思っています。3月27日発売号になっちゃいますが・・・

NPO法人日本スポーツメディアトレーナー協会 糸川雅子

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