第2回 緒方亜香里×糸川雅子 対談記事

2013年1月10日

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――初めて取材を受けたときのことを覚えていますか?
緒方 はっきり記憶にあるのは中学3年ですね。松橋中学校(熊本)が全国大会に出て、私も3位になったのですが、地元のテレビ番組が学校へ取材に来ました。
――どうでしたか?
緒方 「わー、テレビの人だー」って感じでした。初めてそういう有名人みたいな人に会って、一緒に柔道をやって組んで…。
――いきなり体験ルポ的な取材だった?
緒方 そうなんです
――オンエアは見ましたか?
緒方 家族と見ました。恥ずかしかったです。
――緒方選手は、もともと話すことは得意なタイプなのですか?
緒方 いえ、嫌いです。人の前でしゃべるのも、全然できないし。人数が多ければ多いほど緊張して頭が真っ白になっちゃいます。
――頻繁に取材を受けるようになったのはいつごろから?
緒方 高校からですね。地元の記者の方が試合前によく道場に来て取材されました。そのときは1対1なのでしゃべれる感じで。
糸川 顔見知りになって、話せるようになったというのもあったのかしら?
緒方 そうですね。
糸川 高校時代のそうした取材は好きでした? 嫌いでした?
緒方 どちらというと好きでした。自分の話を聞いてくれるわけですし、注目してくれるんだなという思いもあって。でも受け答えができないほうだったので、“もっとうまく話せたらいいのにな”とも思っていましたね。
――いわゆるミックスゾーンで大勢が囲むような形での取材を初めて受けたのは?
緒方 高校3年の秋の講道館杯です。柔道界では権威があり、勝つと国際大会出場にもつながるシニアの大会です。そこで初出場で2位になったんです。試合後、(ミックスゾーンに)誘導されて、そうしたら記者の人がばーっと集まって…。
糸川 それまでの取材とは違いましたか?
緒方 全く違いました。人数も違うし、距離感も違うし、マイクやカメラの大きさも違うし。すごく緊張しました。フルで戦って負けた直後で息も上がっていたし、「何を聞かれるんだろう」って不安で。もういっぱいいっぱいでした。

メディア・トレーニングとの出会い。

1dbaf20ebeefe9f65c4178ead3de79c4-225x300―もちろん、その当時はメディア・トレーニングはご存じなかったわけですね。昨年(平成23年)9月に初めて講義を受けたそうですが…。
糸川 緒方選手が3年生のときです。筑波大学内にある筑波スポーツアソシエーションという組織が主催する形で、柔道部の日本代表レベルとラグビー部の選手2人の計10名くらいを対象に行いました。最初に講義を行い、その後、模擬インタビューという形で、選手に前に出てきてもらってインタビューを行い、それをビデオに撮って、みんなでチェックするという内容です。その模擬インタビューを行った1人が緒方選手だったんです。
――講義を受ける前はどう思っていました?
緒方 どんなことをするんだろう。自分はちゃんと答えられるのかなっと思っていました。
――実際にやってみていかがでした?
緒方 さんざんでした。1対1のインタビューだし、カメラは撮影しているし、少人数とはいえみんなも見ているし、もうめちゃくちゃ緊張しちゃって。何を答えればいいのか本当にわからなくて…。すごいご迷惑をおかけしました。
糸川 本当に、かわいそうなくらい緊張していたんです。途中で私、なんか自分がいじめているような感覚になっちゃったほどで…笑。
緒方 ほんっとうに緊張したんです!笑。
糸川 でも、一生懸命に答えてくれているっていうのは、すごく伝わってきましたよ。
緒方 伝えたいことはあるのですが、「もっといい答えを言ったほうがいいのかな」って思ってしまうんです。そうすると頭が真っ白になっちゃって…。ろくなことを言ってなかったと思います。
糸川 そんなことなかったですよ。インタビューで“頑張っている姿を誰に伝えたいか”という質問をしたのですが、そのとき緒方選手は、家族に一番伝えたいっておっしゃったんですね。その様子から「ああ、とても愛されて育ったんだな」という感じが伺えて好感が持てました。そのことがとても印象に残っています。

メディア・トレーニングの成果は?

a0849b03a8817cce30f8b247b70e3f14-e1359131209228-200x300――メディア・トレーニングを受けて、学んだことはありますか?
緒方 糸川さんに言われて一番印象的だったのは、「自分の思っていることを言えばいいんだよ」ということでした。あとは、言いたいことを全部言おうとすると話が長くなってしまうので、伝えたいことを短く切って伝えようとか、癖のこととか。私はインタビュー中に顔や髪を触ってしまう癖があるので気をつけようと言われました。
――何か変化はありましたか?
緒方 昨年のグランドスラムで優勝したのですが、優勝後、すぐに観客の前でインタビューを受けたんです。2年前にも優勝したことがあって、そのときは全然答えられず失笑されるほどだったのですが、昨年の大会は言いたいことを言って、聞かれたことにもちゃんと答えることができました。そうしたら会場の方の反応もすごくよくて…。これってトレーニングの成果なのかなと思いました。終わってからも「すごくよかった」とか「可愛かったよ」とか言ってもらえて。本当に嬉しかったですね。
――大きな自信になったのでは?
緒方 はい、優勝したことも嬉しかったけれど、インタビューを褒めてもらえたことで、自分という人間を知ってもらえたような気持ちになりました。
糸川 筑波大学の岡田弘隆総監督から伺ったのですが、そのインタビューは国際柔道連盟(IJF )の人からも高い評価をいただいたそうです。
――緊張はなかったのですか?
緒方 そうですね。いつもなら身構えてしまうのですが、優勝した試合でもあったので、「聞いて、聞いて!」って感じで(笑)、おおらかな気持ちで臨めていたように思います。
――勝ったときは話もしやすいと思うのですが、逆に負けたときはどうでしょう? 今回のロンドンオリンピックも、悔しい思いで取材を受ける形になってしまったかと思いますが…。
緒方 本当になんて言えばいいんだろうという感じでした。まず、取材エリアに行くまでの通路がとても長く感じました。行ったら行ったで本当にたくさんのプレスの人がいて…。テレビだけでもいくつも取材を受けました。「何回答えればいいんだろう」「早く帰りたい」「一人にさせてほしい」と思いながらも、一方で応援してくれた人に、ちゃんと気持ちを伝えなければという思いもあって…。でも、うまく出てきませんでしたね、言葉が。
――難しいですよね。自分としては精一杯やったわけだし、でも、負けてしまったことは誰より自分が不本意なのでしょうし。
緒方 まさにそんな感じです。自分への苛立ちもありましたし。
糸川 これまで経験した世界選手権とオリンピックとでは、取材は違いましたか?
緒方 全然違いました。本当に人数が多かったです。テレビの取材がやっと終わって抜けたと思ったら、今度はペンの取材の方が待っていて…。申し訳ないけれど、正直「えー、まだあるの」って思ってしまいました。
糸川 実は、オリンピック前、今度は個別にメディア・トレーニングをさせてもらう機会があったんです。そのときに「金メダルを…」という言葉が多く出たので、実際には金メダルが取れない場合もインタビューはあるんだよ、という話はさせていただきました。とはいえ実際にテレビで見たときは、「(敗退して)このあとインタビューを受けるのはきついだろうな」と感じました。
――このときのメディア・トレーニングはどうでした?
緒方 すごく役に立ちました。特にキーメッセージの作成というのがあって、自分が言いたいことを書き出してみるというのをやったのですが、そのおかげで、自分の言いたいことの軸になるものを、考えることができたので。
――言いたいことといえば、ロンドンオリンピックで報道された緒方選手のコメントでは、「オリンピックはキラキラしたところ」という表現が使われていました。
緒方 そこは考えていました。試合前に会場へ行ったときに「すごいな」って思ったんですね。みんながキラキラしていて、自分もあの場で戦えるんだと思うと、ものすごく嬉しかった。そのことを伝えたいって思っていたので。
糸川 あのコメントはよかったですよね。「キラキラしたところ」「わくわくする」「みんなから勇気をもらった」「出てよかった」といった言葉が含まれていて、とても素敵でした。せっかくオリンピックに出たのに、いい思い出が全然ないというのはすごく残念ですから。緒方選手がオリンピックで感じた素晴らしさを伝えてくれたことは、応援してきた人にとっても嬉しいことでしょうし、柔道に取り組んでいる子どもたちにも励みになったと思います。
緒方 そう言ってもらえて、よかったです。

メディア・トレーニングは、早ければ早いほうがいい。

4416eaaf62fb53d2b8626f73f2bd0932-e1359131527343-300x222――緒方選手はメディア・トレーニングを、もっと早くやっておきたかったと思いますか?
緒方 もっと早く知っていればよかったなと思います。
糸川 いつくらいからやっておけばいいと思いますか? 例えば、高校生くらいのころから知っておけばいいと思いますか?
緒方 あったらきっと心強いと思います。自分が初めて囲み取材を受けた高校生のときを思い起こすと、何を言っていいかわからず、すごく緊張しましたから。たくさんの人に囲まれると、まずどこを向いて話せばいいのかも迷うんです。ほかにも知らないことがたくさんあったし、すごく勉強になりましたから、早ければ早いほうがいいのかなという気もします。
糸川 高校生くらいだと、取材に対して漠然とした不安を抱いている人が多いと思うんです。どんなことを聞かれるのかとか、どういう答え方をすればいいのかを知っているだけで全く違うはず。また、話が得意じゃないというのは不安や自信のなさから来ることが多いので、「こういうことがあるかもしれない」と事前に知っておくだけで、心の余裕が全く違います。緒方選手の場合だと、初めてのオリンピックで取材時間が長いという経験をしたわけですが、これでもうリオデジャネイロオリンピックのときには、怖くないはずです。
緒方 確かにその通りですね。

今後の課題は、負けたときでも伝えるべきことを伝えること。

――メディア対応について、課題だなと思うことはありますか?
緒方 負けたときの受け答えですね。気持ちの整理ができない状態で話さなければならないので。でも、テレビとかを通じて応援してくれる人もたくさんいるわけで、たとえ負けたときでも、伝えるべきことをちゃんと伝えられるようにならなくちゃと思うんです。そこがまだまだだなって…。
糸川 負けても“何かを伝えたい”という思いさえあれば、それは相手に伝わります。表情だったり、その空気感だったりというのは、視聴者にもメディアにも伝わるものなんです。私は、むしろ“伝えようとする思いがあること”が重要だと考えています。それがメディアに伝われば、取材者側もなんとかうまく聞き出してあげたい、一番いいコメントを使ってあげたいっていう気持ちになる。そういうことを感じとってまとめられた文章や編集された映像って、いいものになるんです。緒方選手ご自身は“言葉が出てこなかった”と振り返っていたロンドンオリンピックで、メディアが報じたコメントは、とてもいい形で紹介されていたように…。だから、そんなに気にしなくても、その思いがあれば大丈夫ですよ。
――“これを伝えたい”という軸を持って臨めるようになることが大切なのですね。メディア・トレーニングとは、その軸を自分のなかで構築する機会といえるかもしれません。
糸川 そうですね。特に緒方選手の場合は、まだ学生ですから、今、「人に伝えるために」「人に理解してもらうに」を考えることは、社会に出たときにもすごく役立つと思います。例えば上司に何かを伝えるときとか、同僚に自分の考えを理解してもらうというときとかに。メディア・トレーニングで学んだことが、そうしたことにも少しでも役立てばいいなと思いながら、サポートしています。
緒方 そう言われてみれば、本当にそうですね。ありがとうございます! 将来に役立てます。
――競技と並行して“伝える力”も上達することで、緒方選手の競技やコメントに憧れて、柔道をやってみようと思ってくれる子どもが増えるといいですよね。
緒方 はい! それが一番嬉しいですね。私の柔道を見たり、話しているところを見たりして、「ああ、かっこいい! 私もやってみたい!」と思ってもらえるようになりたいです。話すほうも、もっともっと強化しなきゃ…笑。

緒方亜香里(おがた・あかり)
筑波大学4年。2010年世界選手権3位、2011年グランドスラム優勝。
ロンドン五輪 柔道女子78㎏級日本代表。

糸川雅子(いとかわ・まさこ)
筑波大学大学院 修士(体育学)。放送局を経て、スポーツメディアトレーナー®に。
NPO法人日本スポーツメディアトレーナー協会を設立。

構成・文・写真
スポーツライター 児玉育美

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